人生黄昏時ヒカリの生活日記

60代、中古住宅、平屋、ふたり暮らし。

3月末で定年退職し、4月からは再雇用の夫へ。

ミニマリスト志向のヒカリです。

あと3週間で、いよいよ定年退職する夫。
本当に、長い間お疲れ様でした。

 





もう、業務の引継ぎは全て終わって、部下や同僚に自分の仕事を渡してしまったことに、一抹の寂しさを感じているようですね。
当初は責任から解放されることに喜んだりもしていたけれど。


「変わりはいくらでもいるんだな」
「もう俺がいなくても大丈夫なんだよね」

そんな思いにとらわれて、元気がない様子で帰宅したこともありました。

30年以上、ずっと同じ職場で働いてきて、共に成長したようなもんですから。
いろんな思い出があるでしょうしね。
そりゃあ、複雑ですよ。
揺れ動く気持ちも、分かりますとも。


さて4月から、夫は再雇用の身となります。
たとえ収入が半減しようとも、その代わりに時間が手に入ります。
多少私の不労収入もあるし、大丈夫。

それに私たち夫婦。
あるだけのお金で暮らせる術が身についている。
老後資金だって、DINKSで頑張って貯めてきたし。


もう、やれるだけのことは精一杯やってきたんだから。


とか、そんな感慨にひたる間もなく、
夫の両親へのサポートは、怒涛のように私たちを襲ってきて。


高齢者の自立した暮らしの限界とか、
施設介護の限界とか、
「超高齢者」の心理とか、
延命措置について、
お墓問題、
実家の整理等々


今まで自分のこととして真剣に考えなかったことを、調べて、最善策を何度も話し合ったりしてる。

自分たちのこと以外で、こんなに話し合うことなかった位、日々話し合ったりしてます。


なんだかね。
これはこれで自分たちの人生の最終章の始まりであり、締めくくりでもある暮らしかな、と思います。

私の両親は、私がまだ若い時に二人ともそれぞれ突然あっけなく逝っちゃったから、60過ぎて親の面倒を見れる夫って、幸せなことなんじゃないかとちょっと羨ましくもなるよね。

4月からは、少しはゆとりができるでしょう。
そうしたら最初の宣言通り、思い残すことがないよう親のサポートをしてください。
私はあなたをサポートしましょ。



そして二人の楽しみも増やそう。


どうぞよろしく。







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確定申告は好きだけど。

ミニマリスト志向のヒカリです。

なんと4か月ぶりかな…。
本当にお久しぶりです。



 

さて標題の通り、確定申告は好きな方です。
かれこれ10年以上やってきているので、手続きにも慣れています。
面倒くさいとは思うんですが、この機会に払い過ぎた税金を取り戻せるのだから、やりがいありますよね。

確定申告後、しばらくすると「還付金振込通知書」が届きますよね。
ほんとスカッとします。
還付金を蓄えるか使うか、あれこれ考えるのも好きなんです。

 


毎年我が家の場合、添付書類さえ揃えば1月中旬には申告書を印刷し持参提出。
念のため、控えに税務署の受付印をもらい保管します。
1月中に提出すれば、税務署も混んでいないし、処理もスムーズなようで。
同月中に還付金を手にすることもありました。


以前記事にあげましたが、
義父が施設入所し、3か月以上経ちました。

この間いろいろありましたけど。
必要なものを都度購入し届けたり、役所や病院の用事など、しなければならないことが多くて。
義父母のマイナンバーカードを作ったりもしました。マイナポイントも無事もらえたので、これは義実家の生活費で消えます。

さて今年の確定申告、
義実家の分も取り戻すぞ!と、事前に色々調べましたよ。
そして3人分(私、夫、義父)完了。


先日、還付金も無事入金されました。
3人で合計約17万円。
とっても大きい金額です。

今年は義実家の分を初めて代行したので、年金受給者の義両親のために書類を分類整理したり、該当する控除が何なのかを調べたりしたのが大変でした(でも将来の自分達の予行練習になったかも)。

自分の分はしなかったのですが、
義父母(90歳、88歳)の医療費については、通院にタクシーを使うのでタクシー代も計上しました。
それと、義父の介護度がなんと要支援2から要介護4になってしまっていて、
義父は「特別障がい者*1に該当するかもしれないことをネットで知りました。
該当すれば、所得から40万円控除されます。
事前に役所へ申請書を提出したところ、「障害者控除対象者認定書(65歳以上)」が送付されてきたので確定申告に間に合いました。

この「特別障がい者」認定書。
知らない人が多いようです。
自己申告であり、毎年役所に申告書を提出し、認定されないと貰えません。
こんなの、高齢者だけの世帯だと、なかなかできないと思いました。

ただ毎年思うんですが、今回も申告と1円も違わずの還付金でした。
これって、喜んでいいのか。
ちゃんとチェックしているのかな~。
それとも、もっと還付できたハズだけど「申告した分だけだからねっ(税務署の本音)」ということなのか。


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*1:

判定基準

  • 要介護1~5で、かつ「障害高齢者日常生活自立度」がB~Cランクに該当、又は「認知症高齢者等日常生活自立度」がIII~Mランクに該当する方…

利きすぎる鼻のおかげでとった行動が的外れだった話。

お久しぶりです。
よく言えば嗅覚が鋭い、ミニマリスト志向のヒカリです。

たった今、自分がとった行動が的外れだったことに気づいて呆れてしまったので、その話をしたいと思います。

私は特ににおいと音に敏感なため、数々の対策グッズを買い、失敗もしてきました。
例えば、夏の生ゴミ問題には防臭ゴミ袋でシャットアウトしたり、アロマの香り関連のグッズに結構なお金を使ったり。
今の家も閑静な住宅街であることは住み替えの大きなポイントでしたし、防音対策のため複層ガラスにしたりと色々あります.。

さて、本題です。

最近リビングのソファに座ってゆっくりしていると、何やら悪臭がしてきます。
窓を開けて換気をすることが増えたので、これはきっと外からのにおいだと、まず近所を疑いました<(_ _)>。

うちの前には道路を隔ててマンションのごみステーションがあり、収集日を無視して捨てている人もいるので、それか?と。

で、おととい何気にそのごみステーションの方を見ていたら、子どもが犬を散歩させていて、路上のごみを拾ってその中へ捨てているところでした。

「近所にこういう子もいるんだな」と思ってしばらくすると、その子が戻ってきて辺りを見回し、ビニール袋のブツをそのゴミ箱の角に隠すように置いていきました。

そんなことするか?と驚きつつ、確かめずにはおれない性格。
きっと最近のにおいの原因はこれだ!と思い、確認しに行きましたよね。

で、現物が透明ビニールの中に。
帰る途中の僕(小学生)を呼び止め、ドキドキしながら(小心者)優しく注意しておきました。よそのうちのゴミ箱に、自分のごみを入れてはいけないよと。
「そうなんですか?」って、少し驚いた顔をする少年。
(人目を忍んでいたよね?)後味はよくなかったけど、一応反省している様子だったのでまぁ一安心。


よし、これであのにおいから解放される(^^♪と思ったのもつかの間、ソファで隣に座った夫の方から、あのにおいが。

夫は数年前水虫を治療したことがあるので、夫も疑いの対象に。

それで、さっそくスーパーに買い物に行ったついで、買いました。

夫は帰宅してすぐに足をゴシゴシ。なんか効果ありそう。
足の裏の血色が良くなり、あったかいな、と夫。ヨシヨシ。


さ、これで完璧。私、勝った(何に?)、と思ったのが昨夜のこと。

そして、さっきのこと。
いつものようにソファに座ると、あのにおい。
えぇ~、もう勘弁してくれ。


いや、待てよ。
私の足か?私も水虫か?
としばし自分を疑い、足の裏を苦労してにおったけれどにおいません。

?????

・・・・・

で、考えて思いついた先。
そうです、ソファそのもののにおい、なのか??

思い出しました。
先週、〇トリでソファ用のクッションにと3個も買ったのでした。

厚めでへたらないし、買ってよかったと思っていたのに。
くんくんすると、におうんですよこれが!

 

充填物のにおいなのかな。
ファブリーズしても、効果ないし。

 

はー。
お天気のいい日に、洗って干すしかないか。

まったく、「善は急げ」で即行動の私、こんな的外れ多々あります。
今回の顛末は、結果オーライと思うしかないかな…。
自分にお疲れ様。



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プレミアム付き商品券も3年目。私は買い続ける。

ミニマリスト志向のヒカリです。
皆さんの地域では、まだプレミアム付き商品券、発売されていますか?。

コロナ禍からのふっこう目的ということで、2020年より発売開始されましたよね。
わが街では当初30%のプレミアム付きでした。

3年前の発売時は7月下旬から8月上旬で、発売場所によっては炎天下の屋外で長蛇の列で並んで購入した人もいました( 怖)。

それから2021年、2022年とコロナと共に発売され続け、そのたび我が家も2人分×3冊、毎回購入してきました。

そして今回15%のプレミアム付きで発売予定で、今日WEB申し込みしておきました。
友だちは「使えるお店がね~(苦笑)」と言って、昨年から買っていないそうですが。
昨年は、希望者は追加購入できますよーって葉書も役所から来たっけ。


私が住み替えしたところは、県の中でも田舎に位置しています。
国道沿いに全国展開しているお店がいくつか進出してきていて、そういう点では活気があるように見えるのですが、地元のアーケード街はシャッターが下りているところが多く、一歩入ればうらさびれた感じがぬぐえません。

それでも私の住む家は駅近なので、徒歩圏内に地元の商店が並んでいます。
ただ閉店してしまったお店がチラホラ。
特に食に関わるお店が減ってしまって、寂しいです。
外食が減りましたからね。

住む人に余裕がなくなっていく中、特に10月から物価高騰を肌で感じるようにもなったし、こういう現象がますます増えていくんでしょうか。


私は、地元の商店、つぶしたくないんですよね。
せっかく縁あって住み替えた街、こじんまりしているけど家庭的な雰囲気のお店、なくなっちゃったら本当に寂しい。
今私は運転できるから、郊外のお店も利用できます。
でもいずれみんな平等に高齢者になります。
運転しない高齢者は、配達を頼りにするしかないですか?


地元のお店が堂々と「年金の日特売」ってのぼりを立て、高齢者が安心していそいそと買い物できる風景。それっていいと思うんだけどな…。
買い物って、やっぱり楽しいですもんね。


こんなこと、ささやかな抵抗でしかないかもしれない。
それでも私は限度額いっぱい買い続けます。

今読んでいる本




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90歳の義父、介護施設に入居できた話。

お久しぶりです。ミニマリスト志向のヒカリです。昨日、終わってしまえばあっけない程スムーズに事が運びました。それはきっと義父の人間性だからこそと、夫婦で話した夜でした。


それまでデイサービスに通いながら自宅でのんびり暮らしていた義父。
年齢相応に身体の不調はあったものの、ずっと自宅で過ごしたいと言っていた人。


どちらかと言えば義母の方が施設入所に前向きで(どうも新居に転居したかっただけのような気がする)。近所に新設するという「サ高住」(自立支援タイプの施設)に、間取り図を見ただけであわや予約までしそうになったこともありました。その施設は介護が必要になれば住み替えなければならないのだと私たちは説明しましたが、よく分からずに飛びついたようでした。

そんなこともあり数年前、私たちは情報収集し、今回入居に至った介護型ケアハウス(実家から車で15分、15年の実績がある)を運よく見つけることができました。

そのときはコロナ前だったので義父母はすぐ見学でき、(特に義母が)気に入ったため予約申し込みも済ませていました。ただ40人待ちと聞いて、本人たちにとっても「お守り」のような予約ではあったと思います。


2か月前に足を骨折して手術した義父。今車いす生活です。
転院した療養型の病院でリハビリをしていたのですが居心地が良かったようで、「ここはいい。本当によくしてもらっている」と繰り返し、自宅に帰りたいとは言わなくなっていました。

そんな中、予約していた施設に急に空きができた(先約者は全部辞退)と連絡を受けた夫。実家の家計はなんとかなりそうでしたので義母とよく相談し「家族としては入居の方向で話を進めたい」との意向を伝えました。



その後施設の相談員さんと病院の相談員さんが連携をとることに。
義父が入院当初「すぐ自宅に帰るからね」と話していたのを病院の相談員さんは聞いていて、最終的には本人の意向と治療の進み具合を確認する会議を行った上で決定しましょう、ということになりました。

ただ、在宅介護は無理な状態だと病院側から説明を受けていた私たちにしてみれば、義父が施設入居を嫌がったらどうしようと、途方にくれていたのもありました。

そして会議の日。
義父は「家族で決めたことならそうする」と施設入居を承諾しました。
「これから頑張ろう!」と、とまどう義母と握手までして見せました。
思うに、信頼する病院の言うことなら信じて従おう、ということだったと思います。それと、家族の負担を考えてのことだったとも思うのです。

 

その後施設入居に向け、書類と荷物の準備を猛スピードで。
施設に入りたがっていた義母はというと、「私は家で頑張る」となりました。

すべて終わって昨夜、夫は施設の義父の部屋へ電話し、しばらく嬉しそうに話していました。まるで子どもと話しているかのように、とてもとても優しかったです。



久しぶりに夫はお酒を飲み、「お父さんのおかげで、安心できるよ」と心底ほっとした顔で笑いました。でも本心は、安心半分、後ろめたさ半分…。

 

最近読んだ本

 

 

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怒涛の2ヶ月で、実家の家計を健全化しました。

2か月程前、90歳の義父が転倒し大腿骨骨折で救急入院しました。翌日かかりつけ医院へ転院でき手術、今は療養病棟のある病院でリハビリしています。
義父が倒れたのは、デイサービス内でのこと。転ぶ瞬間を誰も見ていなかったので防げなかったと、施設側はすぐに謝罪されました。入院費用はもちろんのこと、細かいサポートがあり対応に不満はありません。

 

最初の入院時、夫はすぐに義母(認知症もなく、普段はとても元気な人)から連絡を受け、それが要領得ない話だったので、その時から夫と私の『介入』が始まりました。「このままではいけないから、最後の親孝行だと思って俺の気がすむまでやらせてほしい」と夫は宣言するように言いました。それで私は夫のサポートに徹することに。


義父母はそれまで、実家で本当に好きなように暮らしていました。
「ずっと自宅で好きなように暮らしたい」というのが義父母ののぞみで、週1のデイサービスやヘルパーサービスは利用していましたが、生き生きと暮らしているように見えました。


実家は夫の職場から近く帰宅途上にあるので、時々様子を見ることができました。ふたりとも活動的で社交的、いつも何かしら予定があり忙しそうでした。
裕福な暮らしぶりで、家の中には目新しいものが増え続け、どう見ても怪しい商品もありましたが夫は「自分たちのお金なんだから、好きにすれば」と思っていて、それでも注意はしていましたが聞き耳持たずの両親でしたし、結局放置していたような感じでした。

私も結婚当初から夫の実家の散財ぶりには驚いていました。ミニマリスト志向の考え方からは180度向こう側の暮らしぶりなので、危機感や抵抗感をもっていましたが、言っても分かってもらえないしで結局何もできませんでした。



「親の介護費用は、親のお金でが基本」というのが私たちの考えです。
そこでまず夫は、実家の全通帳を預かりました。
驚いたのが通帳の中身。
実家は貯金を使い果たしていました。そのほとんどが義母に関わることで。
言葉も出ないほど、多額です。今は年金収入のみをあてにした、まさに自転車操業の家計でした。
記帳された内容を見て義母を問いただし、隠し事がないか何度も確認する日々。1つ1つ精査して、無駄をカット、カット。

その結果、やっとエクセルで毎月の収支が分かる一覧表が作成でき、現在の残高が義母にもすぐ分かるようにできました。

また同時進行で、得体のしれない業者に行って、義母に今後一切セールスしないことを約束してもらいました。得体のしれない人物にも、「今まで母は詐欺まがいの商品に騙されてきたので、貴方のこともそういう風にしか見れないので、今後一切関わらないでください」と絶縁を要求しました。

ずっと専業主婦だった義母は、昔から狂った金銭感覚だったようです。特に義父の退職金や不動産を売った利益が入ってから、それが加速したようです。
義父は好きなようにさせていましたが、最近は変な人たちが家に来るのが苦痛だと、夫にもらしていたそうです。

今ほとんどの生活費を口座振替にしているので、義母は、2週間に1度夫が渡す現金をお小遣いのようにして、やりくりする暮らしをスタートしました。家計簿も記入してもらっています。

まずは健全化の手立ては全てやりつくした感があります。
わが夫ながら、実行力◎でした。
義父の今後についても、義母と相談しています。
看護師さんの話では、基本車いす生活だから、在宅介護は無理でしょう、と言われています。
義父とは、もう一緒に暮らせないかもしれない、入所なら一時金が必要となるはず。
そんな状況を考えて、義母がどう変わってくれるか、祈るような気持ちでいる私たちです。



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住み替え。今なら、即断して即実行できたかな?

ようこそ。
「50代後半の焦り、あれは何だったんだろう?…」と思う、ミニマリスト志向のヒカリです。

50代後半で仕事をやめてしばらくはぼーっと休んでいましたが、落ち着いてしまうと、このままではいろいろダメな気がしてきました。

なんか、すっきりしない。
見て見ぬふりしているんじゃないか?
自分をごまかしているんじゃないか?
先は長くないぞ!なんてね。

心の中のいろいろな葛藤と向き合っていました。

それに動かされるように、まずは身の回りからと整理、断捨離。
ひたすら掃除もしましたね。
掃除はいいです、やった分だけ結果がはっきり出るので。
スッキリしました。

家計も見直して、削れるものは削り、節税する方法を学び、変更するものは変更してスリム化。予算を立てて収支をきちんとしていれば、安心して暮らしていけます。
これも、快感、って感じ。達成感ありました。

それもひと段落すると、住んでいる家について考えだして。

■中古平屋への住み替えについて

「思うような家に住み替えできたら、暮らしがもっと心地よくなるはず!」って。やるなら今でしょ!って。

 

そんな風に考えだすとムラムラと意欲がわいてきて、それからは住宅情報収集に励みだしました。
ネットで見つけては見に行くことの繰り返し。

中古住宅を買ってリフォームする、自宅は売却して支出を最小限にすると決めて、一体何十軒見たことだろう。


中古住宅には生活の残がいがありました。
住んでいた人の息遣いが聞こえるようで、途中胸が苦しくなることもありました。
情報を見つけたときは嬉しくなるけど、現地で見てがっかりしたり。
ジェットコースターのように、気分が上がり下がりするのもしんどかったな…。

 

こんなことやって大丈夫なのかなって、思いつつも。
いやいや先は長くないかもっていう、焦りからパワーへ。

 

そしてとうとうその日が来ました。

意気込んで見に行った物件が今一つで、もう住み替えはむりかな、と諦めかけた翌日の朝。
新着情報が飛び込んできました。
これいい!、と思ったら不動産会社に即電話し、1時間後に最寄り駅で待ち合わせして。
先導する車に続き、1人現地へ向かう車の中。

「えっ、えっ、ウインカー出してる。もう着いたぁ?」

車内のこの数分間、期待感MAXでした。


見ると、コンパクトな平屋でした。第一印象、なんか可愛い。
間口、駐車場、前面道路無問題。
築40年以上だから古いの当たり前、でも木造建築だから間取り変更も出来るとのこと。日当たり、風通し良好。

40年以上前に開発された閑静な住宅街。
ご近所は、ほとんど70代以上の高齢者世帯とのこと。

さっきサイトに掲載したばかりの情報だから、もちろん私が初めて見に来た人だけど、他の不動産業者や近所の人からも電話があったので、「早めに決めてください」とのことでした。

それからすぐに夫も見に行き、お互い気に入り、誰かにおさえられないうちにと即手付金払いました。そこまでの期間、たったの1週間。

 

同時進行で、住んでいた家を売ることに。
たった1人の買い手が見つかればいいと、査定なしで、こちら言い値の強気販売。
サイト掲載1週間で売約あり、不動産屋さんが設置した「売家」の看板がすぐ撤去されたのは、ご近所さんを驚かせましたっけ。


振り返ると、大胆に物事を動かせた50代後半。
言いようのない焦りが私を突き動かしたと思います。

今だったら、そんなパワーないですもんね。ほんとです。

■今しみている本

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